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DATE: 2014/11/03(月)   CATEGORY: 美術展レビュー
ボストン美術館 ミレー展 傑作の数々と画家の真実
三菱一号館美術館で開催中の「ミレー展」内覧会に行ってまいりました。



ミレーと言えば「農民画家」などと称されることが多いと思います。これは「農民を描いた画家」という意味では正しいのですが、ミレー自身が農民だったという意味では少々そぐわないようです。
もともとミレーの家は裕福な農家だったそうですが、本人が農作業の手伝いなどをしていたのは絵の修行に出るまでの期間だけだったそう。
それでも、その生い立ちが農民に焦点を当てるきっかけになったようにも思いますが。そんな経験を生かした作品が、かの「晩鐘」だそうです。


参照:「晩鐘」
※今回は出品されておりません。先日レポートしたオルセー美術館展に出ておりました。

夕方、農作業の手を止めて祈りを捧げる夫婦の姿が描かれています。
実際には自分の幼少時、農作業中に鐘の音が聞こえると帽子を取ってお祈りをしていた祖母を思い出して描いたのだそうです。たとえ短い間でも、自ら農作業を手伝っていなければ、この名作は生まれなかったでしょうね。


さて、今回の目玉作品。

「種をまく人」

有名すぎて説明不要なレベルではないかと思います。が、あまり気づいていなかった見方を教えていただいたので備忘的に。
肖像画は人の顔に光を当てたように描くのが普通ですが、この作品では逆光になっております。もともと薄暗い背景よりもさらに暗く、表情はほとんど見えません。
これは「個」を描くのではなく、種をまくという動作そのものを描こうとしているのではないか、とのこと。
また、ここで蒔いているのは蕎麦の種ではないかという説も聞いてまいりました。その解釈で、展示の最後は「そばの収穫」で締めるというこだわりよう。(笑)

面白い解釈だと思いましたが、ただ個人的にはやはり麦の種ではないかなと思っています。
もともと「種をまく人」というのは聖書でも暗喩的に使われており(キリストは例え話が大好きです)、キリスト自身、自分を「麦(信仰)の種」と言っているからです。(ヨハネによる福音書より)
だからこそ光を背に受け、顔をはっきりと表さなかったのではないでしょうか。
ラテン語の原書を読めるようなインテリのミレーなら、そのくらいの意味をこめていてもおかしくないなと。

大勢の群衆が集まり、方々の町から人々がそばに来たので、イエスはたとえを用いてお話しになった。
「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、人に踏みつけられ、空の鳥が食べてしまった。ほかの種は石地に落ち、芽は出たが、水気がないので枯れてしまった。ほかの種は茨の中に落ち、茨も一緒に伸びて、押しかぶさってしまった。また、ほかの種は良い土地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ」
(新約聖書『ルカによる福音書』8章)



「そばの収穫」
まいた種が実りをつけた?
しめくくりは収穫です。

なお、今回は同じバルビゾン派の画家の作品も多く展示されており、特にコロー好きな自分はだいぶテンションが上がりました。(笑)


バルビゾン派は雰囲気もモチーフも似ているのですが、改めて並べて眺めてみると、それぞれの特色がだいぶ違っていることがよくわかりました。
コローはミレーよりもライティングが弱く、筆遣いがだいぶ緻密だなと思います。あと、女性の衣装を描くのが好きですよね。わざわざコスプレさせるくらいに。(笑)



↑コスプレさせて描いてみた@真珠の女
(今回は出品されていません)

ミレー展は2015年1月12日まで三菱一号館美術館にて開催中です。お見逃しなく。
三菱一号館美術館公式サイト

※今回の作品画像はWikimedia Commonsより掲載させていただいております。
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