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DATE: 2008/01/26(土)   CATEGORY: バロック
聖女チェチリアの殉教

ステファノ・マデルノ「聖女チェチリアの殉教」
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久々に彫刻作品の紹介です。今回は、マデルノの「聖女チェチリアの殉教」です。
1599年、サンタ・チェチリア・イン・トラステヴェレ聖堂を修復する際、ここに移葬されていたチェチリアの遺体が、以前と全く同じ状態で発見されました。
この「奇跡」を記念して、遺体と同じ大きさ・姿で制作されたのが、このマデルノの彫刻なのです。
首の傷跡も、そのまま写されています。見るからに痛ましく、同時に見る者を惹きつける力を持っています。


チェチリアは、ローマ貴族の娘でした。
しかしキリスト教に帰依していたため、結婚式(自分の意思ではない)の当日も、奏でられる音楽の中でひたすら「私の純潔を守ってください」と祈り続けました。
その祈りが通じたのか、チェチリアの前に天使が現れ、彼女には白百合の冠、夫にはバラの冠を授けました。夫も妻の勧めにより、キリスト教徒になっていたのです。
でもそんな幸せも続かず、彼らはやがて棄教を拒んだことにより、斬首刑に処されます。チェチリアの首の傷がまさにそれ。しかし、チェチリアの首は切り落とすことができず、処刑の時に3回以上剣を振るってはいけないというローマの法により、そのまま釈放されました。彼女は3日間生き続け、その間に自分の財産をすべて貧しい人々に分け与えると、息を引き取りました。

結婚式の際に奏でられた音楽が、彼女のシンボル。音楽家の守護聖人でもあります。
というわけで、楽器を持っている聖女はまずチェチリアと見て間違いありません。天使がそばにいることも多いです。なので、今回ご紹介した作品は、むしろ珍しいパターンですね。(笑)
というわけで、いくつか王道的な作品を上げてみます。



オラツィオ・ジェンティレスキ「聖女チェチリアと天使」
以前に「受胎告知」でご紹介した画家。相変わらず、ドラマのワンシーンを切り取ったかのような描写は見事。
このチェチリアは、娘のアルテミジアをモデルにしたと言われています。



グイド・レーニ「聖女チェチリア」
ベアトリーチェと同じく、ターバンを巻いているのは殉教の意味を表しているのでしょうか・・・。



ラファエロ・サンツィオ「聖女チェチリア」
多分、チェチリアの絵画で最も有名な作品ではないでしょうか。
左からパウロ、ヨハネ、チェチリア、アウグスティヌス、マグダラのマリア。何とも見事な聖人集団です。それにしても、足元の楽器が気になります・・・。何となく、打ち捨てられているように見えるのは自分だけでしょうか;;



ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス「聖女チェチリア」
何しろ画家の時代が違うので、趣も突然変わりました。(笑)
古代ローマっぽくはありませんが、これもチェチリアです。


Web Gallery of Art
CGFA
National Gallery of Art
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箱舟に帰った鳩

ジョン・エヴァレット・ミレイ「箱舟に帰った鳩」
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ノアが家族や動物とともに箱舟に乗り込むと、地上には40日間雨が降り続き、大水は150日間引きませんでした。
40日後、ノアは鴉を放ちましたが、洪水の起こった大地には止まるところがなく帰ってきました。次に鳩を放ちましたが、また同じように戻ってきました。
7日後、もう一度鳩を放すと、鳩はオリーブの葉をくわえて船に戻ってきました。さらに7日後、再び鳩を放すと、鳩はもう戻ってきませんでした。地上の水は完全に引いていたのです。

上記は旧約聖書「創世記」に記された「ノアの箱舟」の内容です。
そしてミレイの作品は、二度目に放った鳩がオリーブの葉をくわえて戻ってきたところが描かれています。
地上に訪れた平和を携えた鳩を、愛しむように抱きしめる二人の少女。その表情には歓喜と安堵が表れています。

オリーブの葉を船にもたらした鳩は、吉報と平和の象徴となり、現在でもタバコのマークなどに使われています。


ミレイはイギリスのヴィクトリア時代に活躍した、ラファエル前派の画家です。
ラファエル前派は、アカデミズムの規範となったラファエロより前の時代に立ち返ろう、と結成されました。ミレイは創始者の一人。
そして "Pre-Raphaelite Brotherhood" の頭文字、P.R.B.をこっそりと絵の中に忍ばせたりもしていました。発表された当時は、まだこの文字の意味は公表されていませんでした。
当初は仲良しの友達同士で始めた同人活動のようなものでしたが、やがて彼らは芸術性の違いや三角関係(ミレイは仲間の妻を奪った)などにより、ついにバラバラになってしまうのです。
しかしながら彼らの起こした芸術運動は、フランス印象主義とほぼ同時期に発展した、正反対の象徴主義の先駆けとなったのでした。

Mark Harden's Artchive
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DATE: 2008/01/01(火)   CATEGORY: バロック
キリストの神殿奉献

シモン・ヴーエ「キリストの神殿奉献」
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新年らしく、明るい絵を一番に持ってきました。
「キリストの神殿奉献」は、誕生したキリストが清めの期間後に行われた儀式です。「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」という律法に従い、マリアとヨセフは生まれたばかりの幼子をエルサレムの神殿に連れてゆきました。
そこには「救世主とまみえるまでは死なない」と聖霊から約束されたシメオンという者がおり、次のように語りました。

「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり
このしもべを安らかに去らせてくださいます。
私はこの目であなたの救いを見たからです。
これは万民のために整えてくださった救いで、
異邦人を照らす啓示の光、
あなたの民イスラエルの誉れであります」

シメオンは彼ら親子を祝福し、そしてマリアにイエスの宿命と受難を予言するのです。

さて、このヴーエの作品は、明るい色調と動きのある構図で、見る者の目を惹きつけます。しかし鮮やかな色合いの中でも、我が子の受難を告げられたマリアには憂いの色が読み取れます。



レンブラント・ファン・レイン「キリストの神殿奉献」
ヴーエとは逆に、暗い背景の中から聖母子が浮かび上がるように描かれ、神秘的な雰囲気をかもし出しています。


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