クラーク・サンダース


エリザベス・シダル「クラーク・サンダース」

エリザベス・シダルはラファエル前派の画家たちのために、幾度もモデルを務めました。
特に、ミレイの「オフィーリア」は有名です。

彼らラファエル前派の画家たちにとって、彼女はインスピレーションを与える「スタナー」(絶世の美女)となったのでした。
そんな彼女と恋に落ちたのが、ラファエル前派の創設者の一人、ロセッティでした。彼はエリザベスを自邸に住まわせ、自ら詩や絵の手ほどきをしました。

当時、エリザベスの作品はなかなか評判も良かったようで、最近になってからも再評価されてきています。

この作品は、「アイヴァンホー」などで有名なウォルター・スコットが編集したバラッド集を元に描かれています。
クラーク・サンダースは恋人マーガレットの兄弟に殺されてしまい、幽霊となって彼女の元を訪れているのです。

仲睦まじい恋人時代に描いた作品にしては、主題も雰囲気もずいぶん暗いようにも感じられます。後のエリザベスの人生を思うと、すでに前兆が表れているような気もしてきます。
結婚後の彼女の生活は、失意と絶望へと突き進むことになったのです。
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聖母マリアの少女時代

ダンテ・ガブリエル・ロセッティ「聖母マリアの少女時代」
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1849年、ロンドンのハイド・パーク・コーナーの無料展に、この作品が初めて公開されました。
絵のモデルは、母親と妹であったといいます。写実的な表現は、どこか古めかしく、ルネサンス時代の雰囲気を思い起こさせます。

また、画中にはたくさんの「お約束」が、これでもかと描き込まれています。

茨は、迫害されたキリストがかぶせられた冠。
棕櫚(しゅろ)は、殉教した聖人のシンボル。
さらには十字架と赤い布。
これらはすべて、キリストの受難を表します。

窓の外の鳩。これは三位一体の「父と子と聖霊」の聖霊を示します。

さらには百合。これが、この作品で最も重要なアイテムになります。
百合は純潔のしるし。多くの「受胎告知」でも、マリアが処女懐胎をしたという意味を持たせるため、画中に百合を描いています。

この作品では、少女時代のマリアを表すために描かれています。手にしているのは、恐らく大天使ガブリエルでしょう。くしくも、ロセッティ自身と同じ名の。


なお、この作品には密かに「P.R.B」という文字が書き込まれていました。
これは、当時はまだその意味を明かしていなかった、「ラファエル前派」の頭文字だったのです。その後、ロセッティたちは美術界を改めようと新風を巻き起こすのです。


CGFA
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プロセルピナ


ダンテ・ガブリエル・ロセッティ「プロセルピナ」

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どこか物憂げに、不安な表情を浮かべながら、キャンバスの中から鑑賞者を振り返るプロセルピナ。その手にした赤い果実は、柘榴。
ギリシア・ローマ神話をモチーフにした、ラファエル前派ロセッティの代表作の一枚です。

冥界の王プルート(ギリシア神話のハデス)は、美しき娘プロセルピナに目をつけ、地底へ連れ去ってしまいました。プロセルピナは、ギリシア神話では「ペルセポネ」と呼ばれています。
彼女の母(豊穣の神、ローマではケレス。ギリシアではデメテル)は嘆き悲しみ、手を尽くしてようやく探し出しましたが、彼女を連れ戻すことはできませんでした。というのも、彼女がすでに冥界の食べ物を口にしていたため、地上に戻ることができなかったのです。
キャンバスに描かれた柘榴は、彼女が食したという説に基づいています。言ってみれば、禁断の果実。

なお、口にしたのが柘榴の半分だったことから、彼女は1年の半分を冥界で、残りの半分を地上で暮らすことになりました。
娘と離れている間は、母である豊穣の女神が実りをもたらさなくなったため、地上に「季節」が生まれたと言われています。(春夏はプロセルピナが地上にいる期間、秋冬は冥界にいる期間)


ちなみに、 このプロセルピナの伝説は、ロセッティの私生活を暗示しているようにも見えます。
彼は、妻エリザベスと婚約中の頃から、このモデルの女性ジェーンと惹かれ合っていたと言います。しかも、そのジェーンは後に(ラファエル前派の)仲間であるウィリアム・モリスの妻となるのです。何とも見事な四角関係。
画中のジェーンが口にする禁断の果実は、何を示しているのでしょうか――

そして、ロセッティ夫妻の人生は彼女の出現により大きく変わることになり、ジェーン・モリスは「ファム・ファタール」(運命の女)と呼ばれるようになるのです。

CGFA
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箱舟に帰った鳩

ジョン・エヴァレット・ミレイ「箱舟に帰った鳩」
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ノアが家族や動物とともに箱舟に乗り込むと、地上には40日間雨が降り続き、大水は150日間引きませんでした。
40日後、ノアは鴉を放ちましたが、洪水の起こった大地には止まるところがなく帰ってきました。次に鳩を放ちましたが、また同じように戻ってきました。
7日後、もう一度鳩を放すと、鳩はオリーブの葉をくわえて船に戻ってきました。さらに7日後、再び鳩を放すと、鳩はもう戻ってきませんでした。地上の水は完全に引いていたのです。

上記は旧約聖書「創世記」に記された「ノアの箱舟」の内容です。
そしてミレイの作品は、二度目に放った鳩がオリーブの葉をくわえて戻ってきたところが描かれています。
地上に訪れた平和を携えた鳩を、愛しむように抱きしめる二人の少女。その表情には歓喜と安堵が表れています。

オリーブの葉を船にもたらした鳩は、吉報と平和の象徴となり、現在でもタバコのマークなどに使われています。


ミレイはイギリスのヴィクトリア時代に活躍した、ラファエル前派の画家です。
ラファエル前派は、アカデミズムの規範となったラファエロより前の時代に立ち返ろう、と結成されました。ミレイは創始者の一人。
そして "Pre-Raphaelite Brotherhood" の頭文字、P.R.B.をこっそりと絵の中に忍ばせたりもしていました。発表された当時は、まだこの文字の意味は公表されていませんでした。
当初は仲良しの友達同士で始めた同人活動のようなものでしたが、やがて彼らは芸術性の違いや三角関係(ミレイは仲間の妻を奪った)などにより、ついにバラバラになってしまうのです。
しかしながら彼らの起こした芸術運動は、フランス印象主義とほぼ同時期に発展した、正反対の象徴主義の先駆けとなったのでした。

Mark Harden's Artchive
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静寂の道

フランティシエク・クプカ「静寂の道」
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オンライン上でこの画家の作品を知り、一目で気に入りました。
そしてただちに画集を探し、古本でクプカ展の図録を手に入れることができました。
こちらは1994年に開催された展覧会の作品の一つです。

満天の星の下、整然と並ぶスフィンクス像。像の陰に隠れた道はどこまで続くのでしょうか。神秘性と寓意性を多分に含むこの作品は、クプカの初期作品にあたります。初めは象徴主義的な作品が多く、中期以降から抽象絵画を発表するようになるのです。
しかし、自分が惹かれるのはやはり象徴主義的な作品群のほうですね。他にも紹介したい作品は多くありますが、スキャナの性能がイマイチで、これが精一杯でした。(汗)
濃い色調の作品は、全体的に黒っぽくなってしまうのです。これも本当はもうちょっと明るくて青みを帯びているんですけどね・・・。

さて、次は同じテーマの別作品。

静かな夜道にたたずむ旅人の姿が印象的です。最初にクプカを知ったのは、この作品でした。
ふと静寂の中に身を置きたくなる時、こんな情景に心惹かれるのかもしれません。


Fin de Siecle
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死の島

アルノルト・ベックリン「死の島」
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ベックリンはスイス出身の象徴主義の画家。当時は印象派が大活躍の時代でありましたが、まったく逆の方向を目指したのが象徴主義です。

この「死の島」は、白い棺を乗せた小船が孤島を目指して進んでゆく様を描いたもの。不気味でありながら、観る者の目を引きつける作品であります。
「死の島」は5つのバージョンがあり、上はベルリン美術館版。
次はバーゼル美術館版です。


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いっそうおどろおどろしいことになっています。
まさに「死の島」。そのまま連れて行かれそうです。

なお、バーゼルには「生の島」(「至福の島」とも訳される)という絵も所蔵されております。


生の歓びというよりは、どこか退廃的な香りが漂う作品です。
どうにもベックリンという画家は、ペシミストではなかったかと思えてなりません。(苦笑)

なお、「死の島」に触発されて、ラフマニノフが同題の交響詩を作曲しております。MIDI音源を探したのですが、残念ながら見つかりませんでした。
しかしラフマニノフ本人は、実際の絵を観たことがなく、白黒写真で見た時点でインスピレーションを受け、作曲したのだそうです。後で実物を観てから、実際に観ていたらあの曲は作らなかっただろうと言っていたとか。よほど衝撃だったんでしょうか。

是非とも実物を観てみたい作品です。写真では怖さも半減すると思うので。(苦笑)


Wikimedia Commons
CGFA
バーゼル美術館(Eng./Dutch)
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オデュッセウスとセイレン

ハーバート・ジェイムズ・ドレイパー「オデュッセウスとセイレン」
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オデュッセウスはホメロスの叙事詩「オデュッセイア」の主人公。ユリシーズとも呼ばれます。
イタケ王のオデュッセウスは、10年にも及んだトロイア戦争に出かけ、「トロイの木馬」作戦によってトロイアを滅亡させ、意気揚々と帰ろうとしたところ、様々な苦難に遭って故郷に戻るまでに10年もの歳月を経てしまったという人物です。

叡智、あるいは奸智に長けた人物として語られることが多いのですが、10年経ってようやく生み出された苦肉の策ではないかという気がしないでもありません。(汗)

それはともかく、こちらはオデュッセウスの帰途の一場面。

セイレンは、ここでは美しいマーメイドのように描かれておりますが、ホメロスの描写では怪物に近い生き物です。
「サイレン」の語源でもあるセイレンは、上半身が女、下半身が鳥または魚で、美しい歌声によって船乗りを誘惑し、引き寄せられた者は死ぬまで聴き続けたのだそうです。

オデュッセウスは、この海を通る前に魔女キルケから忠告を受けていたので、部下の耳を蜜蝋で塞ぎ、自分は歌声を聴きたいので帆柱に自分の体を縛りつけたのでした。
その辺りがはっきりと伝わるのが上の絵です。
誘惑しようと現れたセイレンたちの裸身はなまめかしく魅惑的で、さすがは美女好きのラファエル前派らしい作品だと思います。(笑)



一方、こちらはクリムトの「セイレン」。
もはや人でも人型生物でもありません。何やら凄いことになっていますが、怪物らしさは嫌でも伝わってきます。
こちらの作品は1889年。ドレイパーは1909年。制作年には20年の開きがありますが、両画家の生きた時代はまったく同じ。それにも関わらず、目指すものの違いがこれほどはっきりしていると、見ていてなかなか興味深いですね。

画像元:Wikimedia Commons
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